羽田校区


製絲のまち

大正から昭和初期にかけて、豊橋では製糸業が大変盛んだった。製糸の豊橋として全国的にも有名だったわけだが、特にこの羽田校区の羽根井地区には百を超える数の工場が建ち並んでいた。

しかし昭和の大恐慌や太平洋戦争時の空襲などにより工場の多くが姿を消し、また戦後は化学繊維の台頭により製糸業は衰退していった。現在、花中町に倉庫がわずかに残っている。


この記事を書いた日:2001年12月21日 12:52

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